「麻ひしお」というお蕎麦を出している渋沢の蕎麦屋「くりはら」。
そこで売っていた「麻の実」を手に入れた。
ごはんに胡麻と一緒にかける。
ほのかな味だけど食べると幸せ。
「甘い」「辛い」「塩っぱい」「苦い」「酸っぱい」など、味の表現に「にんまり」を入れたくなる。
No.05493 26.01.27 アボカド
スーパーでアボカドが一個100円で売られていた。
しばらく食べてないなと手に取ると、食べ頃の感触。
たいていアボカドはまだ硬いころに売られて、熟すのを待ってから食べるものだから、きっと売れ残り品で安くなったのだろう。
持った感じがうまそうだったので、買って帰って、茹でた小海老とブロッコリーと一緒に食べた。
もっと食べたいと思って翌日同じスーパーに行ったら、もうなかった。
No.05488 26.01.09 ブックカフェ
人と待ち合わせをするのに、ブックカフェはとても都合がいい。
コーヒーを飲みながら待ちたいなと思えばそれが可能だし、コーヒーは飲みたくないと思ったら、本を見て選んでいればいい。
つまり有料で待つことも、無料で待つこともできる。
でも、いつも無料で一方的に利用していたらお店は成り立たなくなってしまうだろうから、コーヒーを飲むか本を買うかはしたいよね。
無理にそうする必要はないだろうけど、経営は大変そうだな。
No.05484 26.01.01 手作りのおせち
親戚のお姉さん夫婦から手作りのお節料理をいただいた。
味付けが優しくて美味しい。
おせち料理は本来、味付けを濃くして日持ちをよくするものだが、現代では二日からいろんなお店が開店しているし、冷蔵も効くから、無理に日持ちさせなくても平気だ。
おかげさまでほのかなお味のふんわりおせちがいただける。
No.05480 25.12.16 お餅
寒くなってくるとお餅が食べたくなる。
小豆でも、磯辺でも、きなこでもいいのだが、できれば搗き立てがいい。
搗き立てなら何もつけなくてもいい。
あの歯応えとほのかな甘みで幸せになれる。
「餅」を英語で「rice cake」というが、何度聞いても落ち着かない感じが生まれる。
「rice cake」というと、「おはぎ」とか、甘い握り飯のようなものを思い浮かべてしまうのだ。
「餅」は「mochi」で今は勿論通じるようだが、国によってはお餅で包んだアイスクリームのことだったり、大福のことだったりするらしい。
No.05476 25.12.06 焼きたてのパン
親戚のおじさんが自ら作った焼きたてのパンをくれた。
直径20センチほどのカンパーニュ。
できたてだからホカホカでいい匂い。
ちょっとちぎって味見。
香りも味も噛み応えも最高。
ちょっとだけのつもりが、ちょっとちょっとちょっとと積み重なって、半分ほど食べてしまった。
バターもジャムも何もつけてないのに。
美味しさに屈服。
No.05475 25.12.05 お湯を沸かす
幼い頃、お湯は母が沸かしてくれた。
高校生くらいからは電気ポットが沸かしてくれた。
だから生まれて以来、自分でお湯を沸かした覚えがほとんどない。
中学生の頃にヤカンの口に笛がついていて、湧くとそれが鳴り出すのを待った覚えが微かにある程度だ。
数年前に電気湯沸かしポットが壊れたので、以来ヤカンでお湯を沸かしている。
最初に買ったヤカンはコーヒードリップ用のヤカン。
注ぎ口が細い管で、沸騰させたお湯がそこを通っていくと少し冷めて、コーヒーのドリップにちょうどいい温度になるというもの。
しばらくはそれで日本茶も紅茶もココアも淹れていた。
すると、何を入れるかで微妙に温度を変えるようになってくる。
これが楽しいことにじわじわと気づいてくる。
日本茶のうまみを引き出すためには、一度沸騰させたお湯を少し冷まして、コーヒー淹れる時より温度を下げるといいとか、紅茶を入れる時は沸騰したお湯でとか。
紅茶を淹れるためろには熱いうちと、相方が普通のヤカンも買ってきた。
電気湯沸かしポットでは、「便利」という名のもとに、こういう楽しみに気づけなかった。
No.05469 25.11.24 スカリン
「スカリン」という言葉を聞いた。
意味わかりますか?
その人はリンゴが好きで、少し古くなったリンゴを「スカリン」と呼びます。
水分の抜けたリンゴは歯応えがスカスカになるじゃないですか。
だから「スカリン」だそうです。
その言葉を覚えて以来、リンゴは早く食べようと思うようになりました。
No.05465 25.11.19 くるみゆべし
ほのかな甘さが好き。
ときどきあたるくるみの歯応えが好き。
ぬまーっと纏わりつくような食感が好き。
ゆっくり味わうのが好き。
No.05460 25.11.13 御幣餅
中部地方の郷土料理。
場所によってかなりたくさんのバリエーションがあるそうだ。
僕が食べたのは、円形のものと小判形のもの。
うるち米を餅のように潰すが、微妙に粒感が残るようにする。
それを串や細長い板につけて乾燥させたり焼いたりする。
そこにタレをつけるのだが、そのタレのバリエーションがたくさんあるようだ。
昔、白いご飯が貴重だった頃に、祭りなどのお祝いに食べたそうだ。
今ではいつでもどこでも食べられるが、かつてのありがたみは失われただろう。
それを想像していただく。

