No.05128 24.01.09 華厳経は何が面白いの?

それには簡単には答えられない。
華厳経にはいろんな内容が精緻に折りたたまれ、比喩となり、こちらの知識を刺激して、解明してくれるから。
例えば、毘盧遮那仏を宇宙と見立てると、現代の宇宙物理学を教わっているかのように思えてくる。
如来や菩薩の会話の構造は、ホロンに関して教えられているようだ。

その内容がなぜ言葉にしにくいのかというと、第一章にあたる寂滅道場会の最後に童子(こどもor青年)が出てきて、仏と会話をし、悟りとはどれだけ素晴らしいことかと話すのだが、その会話はほんの五十行程度で終わる。
華厳経の最終章である入法界品では、文庫本三冊で善財童子がどのように悟っていくかが示される。
その方法は基本的には悟ったといわれる人たちに会って、その話を聞いていくだけなのだが、いろんな人に会い続けるうちに次第と童子の心の中に生まれてくる内容が大きくなっているだろうことが読み手に推測され、書かれていることが理解されるのと同時に、書かれていないことも大きく膨らんでいく。
何度も何度も似た話を繰り返されたりもするが、そのことによって、その内容のわずかな違いが大切であることに気付かされ、そのわずかな違いに注意を払い出すと、その理由が見えてくるようになる。
寂滅道場会の最後に五十行程度で記されていたことが、実は如来になると文庫本三冊分の膨大な知恵になっていることが明確になる。
つまり華厳経で教えてもらうことは、言葉で簡単に教えてもらうことがどれも、実はものすごい時間や空間や人々の会話や、深い知恵によって作られてきた飛んでもなく尊いものであることを理解し、常にそのことを背景にあらゆることを感じるというのはどういうことであるかに目覚めていることとはどういうことかを伝えてくれている。
つまりそれは、どんなに簡単に思える存在でも、実はものすごい時間や空間や生死を通して作られてきた飛んでもなく尊いものであることを理解することであり、それに目覚めた状態で世界と対峙するとはどういうことかを教えてくれる。
だから、読む人によって見えてくるものはきっと違い、その違いがガンジス川の砂粒の数ほど多いのだろうことが理解される。

No.04925 23.02.10 本当のことはわからない

この宇宙の本当の姿を人間は理解できないという話がある。
そもそも本当の姿とは一体どういうことか?
イルカが見た宇宙と、犬が見た宇宙と、昆虫が見た宇宙、それぞれに別のものが見えるのだろう。
同様に、人類以上の知的生命体がいたとして、彼らは宇宙をどのように見るのだろう。
僕たちが宇宙を見る見方は、人間にだけ許されたもの。
人間として宇宙をどう感じるかは解明できたとしても、それが本当に宇宙の姿かというと、心許ない。
だとしても、人間は真理を求め続ける。

No.04887 22.12.18 死は存在しない

田坂広志氏の新刊『死は存在しない』を読んだ。
素晴らしい本だと思った。
ゼロポイントフィールド仮説の実態がわからなかったので、この本の内容全体が正しいことなのかどうか、僕には語れないが、その仮説が正しいとすると、多くのことが見えてくる。
僕の考えととてもよく似ているので、ゆくゆくはその些細な違いについてはどこかて発表して行きたい。
YouTubeで公開している「ヌースフィアってなに?」で少しずつ説明していくことになると思う。

No.04866 22.11.10 天王星食

SNSに皆既月食と同時に現れた天王星色の映像がアップされている。
月の向こうに天王星が隠れる瞬間、天王星が月にめり込んでいるように見える。
これが重力による光の屈折か?
それとも月の上にあるわずかな空気によってできた屈折?
どちらにしてもいいものを見せてもらいました。

No.04865 22.11.09 皆既月食

昨晩、皆既月食を見た。
月が真っ暗になったとき、うっすらと赤く月が見えた。
それを望遠レンズを使って、ASA感度を上げ、シャッタースピードを遅くして撮影すると、そこには普段知っている月はなかった。
赤にグラデーションがあり、模様が血管となり、宇宙の卵が浮かんでいた

No.04843 22.10.11 満月

昨晩、満月を見た。
日没後玄関に出たら、ぽっかりと浮かんでいた。
満月がどんなリズムを与えてくれるのか、実感はしてない。
でも、影響があるのだと思う。
知らないところで。

No.04842 22.10.09 高次の人格

「現象としての人間」に「高次の人格」という概念が出てくる。
これからその概念について時間をかけて説明するけど、30年かけてなるほどと思った概念なので、説明が大変。
でも、説明するのが楽しみ。
どっちやねん。
どっちもや。w