久米宏さんが亡くなって、YouTubeに何本も出演した番組の録画が上がっている。
かつて毎日のように見ていたニュースステーションの録画もある。
久しぶりに見ると、今のアナウンサーとは違って自由にしゃべっている雰囲気が素敵。
「政治家はみんな嘘つき」みたいなことをサラッと言ってる。
マスコミは政権与党の問題点を指摘するのが仕事と考えていたようだ。
板挟みになっていたこともあっただろう。
R.I.P.
No.05461 25.11.14 形象理論とその超越
戦前の国語教育のレベルの高さに驚き、No.05456を書いたが、その根拠は垣内松三の形象理論にあった。
形象理論を理解するために垣内の論文を読んだが、そこまで考えて初等教育の読み方、書き方を教えるのかと唖然とした。
現代では成人でも理解し難い言語に関する考察を尽くした上で初等教育にあたる。
そのような論文を読んでいると、なぜ人間はカルトにはまるのかとか、特攻隊員がなぜ自らの意思で敵戦艦に突っ込んで行ったのかなどが理解できる。
現代ではそれが危険な思想だからと避けることによって大切な概念にたどり着けない状況がある。
しかし、それを理解し尽くせば、カルトにはまることもなくなると思うのだが、大切な概念を超えていく意思がないと、確かにはまってしまうのかもしれない。
その「大切な概念」とそれを「超えていく意思」とはどのようなものかを伝えていきたい。
No.05442 25.10.13 雪の降る街を
女性合唱団アンサンブル・アクア・ジャパンの第一回公演を聞いてきた。
藝大出身者が中心らしく、見事なハーモニーが聞けた。
指揮者の三好郁夫氏は藝大を卒業し1984年からスイスで活動。
三次氏が日本に滞在中にのみ活動するプロジェクト合唱団だそうだ。
長年ヨーロッパ圏にて向こうの言葉で演奏活動してきた三好氏にとって、日本で日本語の曲を指揮することはとても心が震えるもので、その様がよく演奏に表れていた。
そのコンサートの最後の曲が「雪のふるまちを」だった。
それを聞いて古い記憶の扉が開いた。
まず一つは、僕が高校一年の音楽の授業で、期末試験としてこの歌をピアノ伴奏を編曲した上で歌ったこと。
もう一つは、母がユトリロの絵が好きで、この曲を聴くたびにユトリロの描いた冬の街を思い出すこと。
僕は「雪の降る街を」と記憶していたが、調べると、最初「雪の降るまちを」と表記されたが、発表のたびに「雪の降る町を」「雪の降る街を」と変化したそうだ。
アンサンブル・アクア・ジャパンのプログラムには「雪のふるまちを」と記載されていた。
その変遷にはどんな物語が隠されているのか、興味が生まれた。
No.05437 25.10.03 佐々木朗希のクローザー
今年のはじめに鳴り物入りでドジャースに入団した山本由伸と佐々木朗希。
山本は期待された役割を果たしているが、佐々木は故障者リスト入りしてシーズンを棒に振った。
その佐々木がワイルドカードシリーズの第二戦にクローザーとして登場した。
第一戦も第二戦もドジャースはリードしながらも後半戦で追い上げられてしまう。
第一線は何とかリードを保って終わったが、第二戦は逆転されてしまうのではないかとファンは心配する。
そこで登場したのが佐々木だ。
球場はヒートアップする。
復調しているなら勝てるかもしれないが、シーズンはじめと同じなら逆転されかねない。
2019年、甲子園に出場するための決勝戦から佐々木を知っていると、どうしても腕の負担を心配してしまう。
その心配をはねのけた、見事な投球だった。
No.05426 25.09.06 江島杉山神社
10年ほど前に一度だけ行った神社をふと思い出した。
また行ってみようかと思う。
徳川綱吉の宿病を癒し、関東惣録検校職に命ぜられた杉山和一が綱吉から「何が欲しい」と聞かれ、「ひとつでいいから目が欲しい」と答えたら、本所一ツ目の土地をもらったという。
そこに江ノ島から勧請して神社を建立した。
江ノ島の洞窟を模した洞窟も作られた。
https://www.tsunabuchi.com/waterinspiration/p3709/
No.05400 25.07.04 灰のお掃除
相方が毎日仏壇に手をあわせる。
僕も二、三日に一度は線香をあげる。
だからひと月もするとお線香立ては燃えさしの線香の根元が数十も溜まるので、線香を立てにくくなる。
すると相方は灰からピンセットで燃えさしを抜いていく。
一本一本抜いてはお線香立てのふちでトントンと灰を落としてティッシに取る。
はじめのうちはたくさんあるから簡単に取れるが、ある程度取り切るとなかなか探せなくなる。
すると相方は灰の中をピンセットでぐるぐるとまわしながら探り出す。
繊細な感覚を研ぎ澄まして探していく。
それを隣で見ているのが好き。
No.05398 25.07.01 理会する
小学一年生が習うはずだったことをいま学び直している。
小学一年生が習うことなんてとても簡単で学び直す必要なんてないと普通は思うだろうが、明治11年生まれの教育者、垣内松三の本によると、理会することを前提に小学一年から教えないとならないという。
「理会する」とはどういうことか。
「理解する」より深い内容を読み取っていくことをいう。
例えば文体や使っている単語から、作者が何を表現したいのかを読み取る。
さらに作品に登場する人たちが、どんな社会的背景を持ち、どんな暮らしをし、どんな境遇にいるのかを読み取る。
その上で、文章に潜む核心を掴んでいくというのだ。
そのようなことができるように初学者(小学一年生)から教えていかなければならないという。
戦前の教育者は、日本語の深い意味を汲み取れる人になるように、初学者から導いていくように、それができる人にどうしたらなれるかを学んでいた。
かつての日本語教育の質の高さを実感する。
No.05393 25.06.13 増山 ゆかりさん
増山さんはサリドマイド・サバイバーだ。
NHKにも二度ほど取り上げられている。
番組名は「薬禍の歳月・サリドマイド事件50年」と「続 薬禍の歳月 薬害サリドマイド事件60年」。
増山さんに会ったのは2001年。
田口ランディさんと一緒に主催した「飛ぶ教室」に参加してくれた。
はじめて会ったとき、口から胃が飛び出るかと思うほど驚いた。
サリドマイド胎芽症で両腕がなかった。
ところが本人はとても明るいし活発だった。
特別仕様の乗用車を足だけで運転していた。
僕はどう接して良いのかわからなかった。
それからしばらく音信不通だったが、数年前にfacebookで再会した。
サリドマイドの薬害は胎児に及ぶ。
だから胎芽症のひとびとは今みんな60歳前後。
かつては両親に支えられていた人達も、今はそれぞれが頑張って生きている。
だけど生きていく意味を失いかけるような人がいる。
その様子を見て、幼い頃一緒に育てられた友人などに会って、増山さんは一肌脱ぐことを決めた。
「このままでは何かがいけないような気がする」と感じて。
ドイツではサリドマイド・サバイバーがグループを作って支え合っているそうだ。
その様を見て、似たことが日本でできないかと奮闘している。
6月22日にサリドマイドシンポジウムを開催することを決めた。
そのあとには国際サリドマイドシンポジウムを日本でやるそうだ。
サバイバーたちを力付け、ともに生きるために。
なんとも天晴れな人だ。
http://thalidomide.jp/?p=160
No.05385 25.05.23 多響的統一
垣内松三の著作に多響的統一という言葉が登場する。
もとはローマン・インガルデンというポーランドの哲学者が生み出した概念だそうだ。
それを垣内は言葉の説明に使っていた。
しかし、この多響的統一という言葉は、あらゆる物質、生命、宇宙にも当てはまる言葉だと思う。
No.05350 25.01.24 いろんな側面
社会の闇に光が当たるようになってきた。
闇にはいろんな側面がある。
いいことをしようとしても立場が違うと悪いことに思えたり、
ある人たちのことを思ってしたことが、社会全体では悪いことであったり、
ある個人を生かすために、別の集まりを犠牲にしたり、
いろんな想定外が生まれる。
ネットワークで繋がっているからある程度は仕方ないこと。
完全にそれらをなくすことはとても難しいだろう。
せめて問題が起きたとき、話し合う場が必要だ。
互いに相手の話を聞けるような余裕が必要だ。
でないと戦いばかりの世の中になる。

