チチェン・イッツァに行った日、「この世界にはたくさんの解釈がある」とか「この世界は多次元だ」とか、言われた気がした。
まったく不思議な体験。
それまでにそんなことは一度もなかった。
そして、「それを深く探究しろ」とも。
当時の僕には「何だそれ?」としか思えなかった。
でも、今となっては宝物の体験だった。
ありがとう。
No.05089 23.11.13 ドーナツの穴
あなたは目の前にドーナツの穴を見ることができるだろうか?
ここにもそこにもあそこにもある。
ドーナツがあればドーナツの穴を見ることができるが、ドーナツがないとその穴だけは見えないと思い込んではいないか。
ドーナツの穴は単なる空間だ。
どこにでもある空間。
あなたはドーナツの穴がどこにでもあると思えるだろうか?
No.05085 23.11.05 小鳥たちとの会話
うちの前にある桜の木にシジュウカラやメジロが高い声でさえずっていた。
そこでバードコールを出して鳴らしてみた。
すると、はじめのうちは鳴き声のやり取りができたのだが、しばらくしたら少し違う声が混ざっていると気がついたのか警戒音のような鳴き声になって、一斉にいなくなってしまった。
しばらく待っていると帰ってたきた。
小鳥たちは用心深い。
鳴き始める。
再びバードコールを鳴らすと、今度はそのやりとりに興奮していたようだ。
小鳥たちと意思疎通ができたようで楽しかった。
No.05081 23.11.01 いじめっ子になる
物語を作っていると、いろんな人の気持ちにならなければならない。
ミステリーを作るなら例えば殺人鬼。
戦記ものなら敵国の大将。
恋愛ものならカップルの邪魔をする誰か。
ジュブナイルならいじめっ子。
普段の生活ではそんな人にはなりたくないと思うような人の気持ちになる。
そして、なぜそのような人になってしまうのか考えて、感じてみる。
なんとなく悪役が愛しくなる。
できればその憎しみや悲しみを超えて、愛情に転換してほしいと思う。
No.05079 23.10.30 コーヒーミルとの対話
何ヶ月前か、電動コーヒーミルが壊れた。
それ以来、手動のコーヒーミルを使っている。
だから、コーヒーを淹れるたびにゴリゴリゴリゴリ重いハンドルを回している。
電動ミルはそんなに高いものではないので、新しいものを買えばいいのだが、久しぶりに手動のミルを使ったときに「あれ? 電動より美味しいかも」と思って以来、手動を使っている。
でも、その美味しさは、はっきりとしたものではなく、慣れてしまえば大差ないもののように感じ、ゴリゴリやるより楽な電動ミルを買おうかとも思うが、わずかな美味しさでも美味しい方が良いのではないかと考え、未だに悩んでいる。
ゴリゴリしながらの手動ミルとの対話。
「電動にしようかな?」
「・・・」
「これ力がいるもんな」
「・・・」
「もう疲れたよ」
「・・・」
「でも美味しい気がするからさ」
「・・・」
「なんか返事してくれよ」
「・・・」
返事が聞こえるようになったらボケを心配しようと思っている。
No.05078 23.10.28 祈る
2003年から2008年まで、毎年のようにイスラエルとパレスチナの子どもたちと一緒にサッカーをした。
あの人たちは今はどうしているのだろう?
自分が無力で泣けてくる。
無事であることを祈る。
同時に、あのときには素敵な体験をさせてもらったことに感謝する。
知らない国に来て、敵対する国の人たちと仲良くなる。
その可能性を見せてくれました。
あなたたちは僕にとってヒーローでしたし、これからもヒーローであり続けるでしょう。
たくさんの感動をありがとう。
そして、生き抜いてください。
No.05075 23.10.24 今日、誰のために生きる?
「新しいわたし」の著者 二戸依里さんと、ネイティブジャパニーズダンサーのアムリッタ朝子さんが、ある日、烏帽子岩の見えるカフェでペンキ画家のショーゲンさんとお話したそうです。
僕が別ペンネームで書いた小説の舞台がそのあたりだったのでそのときのことを教えてもらったのですが、一緒にショーゲンさんのYouTubeのURLも教わりました。
そこでショーゲンさんが話している内容にびっくりしてしまいました。
それ以来、ショーゲンさんのYouTubeを楽しみにしていたのですが、次に二戸さんからきた連絡は「ショーゲンさんが本を出し、その記念講演がある」。
早速申し込んで聞いてきました。
出版された本のタイトルは「今日、誰のために生きる?」。
ショーゲンさんはサラリーマンでしたが、ある日ティンガティンガというアフリカ・タンザニアの絵を見ます。
それにビビッと来て、その絵を教わろうと二、三週間後に出発するタンザニア行きのチケットを買い、それから会社に退職届を出したそうです。w
ティンガティンガ村で絵を教わっていると、ある画家に声をかけられます。
「ここは観光地でレッスン料も高いので、うちの村に来ない?」
そこでその画家、カンビリさんが住むブンジュ村という村に行き、カンビリさんの家にホームステイさせてもらっていろんなことを学ぶことになるのですが、その話に僕は何度も心が震えました。
その村では、昔の日本の文化が残されていたというのです。
その村の村長さんのお爺様が、今はもう亡くなっているのですが、シャーマンで、日本人とサイキックに交信し、幸せに暮らす方法を教わったというのです。
「どんな日本人とつながったの?」と聞くと、「竪穴住居に住み、一万年から一万五千年もの間幸せに暮らしていた人たちで、女性をモチーフにして土器を作った」と言われたので、「きっと縄文の人たちにつながったんだな」と思ったそうです。
ブンジュ村には外国人が入ってきたことがなかったそうで、もちろん日本人が来たのははじめてです。
画家のカンビリさんはその村で過ごしてきたので、「その村に伝わる日本の文化を体現しているはずの実際の日本人はどんな感じなのか」を知りたくて、連れてきたそうです。
ところが、ショーゲンさんは現代の日本人。
縄文の頃の日本人とはだいぶ違いました。
そこで、かつての縄文人がどのように生きていたのかを、ブンジュ村の人たちから色々と教わっていくことになります。
ここから先は、YouTubeを見るか、「今日、誰のために生きる?」を読んでください。幸せに生きることに興味のある方なら、きっと響きます。
No.05074 23.10.23 へぼバドミントン
久しぶりに相方とバドミントンをした。
あまりにも久しぶりで「バドミントン」か「バトミントン」か忘れるくらい。
お互い歳をとり、体がかつてよりは不自由なのでなかなかラリーが続かない。
三回打ち続けられれば御の字。
はじめのうちはできなかったことも、しているうちにできるようになったが、そうなったときにはヘトヘト。
でも楽しかった。
No.05068 23.10.15 一緒に保持する
何かを取り合って壊してしまうより、一緒に使って保持するほうがいいように思う。
違う?
No.05046 23.08.25 アイランド・サンダル
パイオニア・インとバニヤンツリーにはさまれた通りをまっすぐ進むと、突き当たりにショッピングモールがあり、その一階にアイランド・サンダルというお店があった。
はじめてそこを訪れたとき、入口に日本語で「サンダルメーカー」と書かれていた。
サンダルを売っているところはたくさん見たが「作っているってどういうこと?」と思い、中に入った。
お店に入ると作りかけの皮革製サンダルがズラッと並んでいた。
白人女性が一人用の肘掛け椅子に座って、足を見てもらっていた。
その足を見ていたのはサンタクロースのように長くて白いあごひげを生やした店主だった。
頭はツルツル、メガネの奥の眼光は優しかったり、厳しかったり。
先客が店から出て行くと「このサンダルを履くと気持ちいいよ。よかったら履いて芝生の上を歩いてご覧」という。
一足のサンダルを差し出された。
窓の外には芝生があった。
「このサンダルを作るノウハウはどこかで学んだの?」
「昔ね、ローマ時代の映画が流行ったろ。ベンハーとかさ。あれの小道具を担当したとき、その作り方を習ったんだ」
そう聞いて一足買うことにした。
すると肘掛け付きの椅子に座らされて、足の形を型紙に取られた。
「これがあれば、いつでも同じ形のサンダルは作れるからね。電話で注文してくれてもいいよ」
それから一、二か月後、東京の我が家にサンダルが届いた。
地面の状態がダイレクトに伝わってくる、履き心地のいいサンダルだった。
ただし、焼けたアスファルトの上では熱くて歩きたくない。
暖かい芝生の上を歩くには最高のサンダルだった。
底も革製なので、永く履いていると擦り切れて修理が必要になる。
郵送で修理できたが、それを口実に二度マウイに行った。
行くたびに修理してもらい、店頭で面白い話を聞かせてもらう。
またいつか行こうと思っていた。
店主マイケルの無事を祈る。
ホームページは現在、写真が抜け落ちて不完全だ。
インスタグラムを見つけた。
去年の6月まではお元気だったようだ。
https://www.instagram.com/island_sandals/